脂質の窓column

ポストコロナ時代の人類の生き方 ~人生とは、素敵な地球人になる終わりのない練習である~

北里環境科学センター名誉顧問  伊藤俊洋

はじめに

現在の地球は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による空前のパンデミックの中で、ロシアによるウクライナへの侵攻により第三次世界大戦の危機にも瀕している。核兵器の使用も取りざたされる中で、ウクライナの一般市民が爆撃に晒される惨状を目の当たりにしながら、なす術もなく立ちすくんでいる。経済制裁は両陣営に絶大な犠牲を強いることになり、その被害は常に弱者に強く波及する。なんと無益な所業なのだろうか。 

この度の新型コロナによるパンデミックは、人類が築いて来た文明の脆弱さを、白日のもとに晒している。ウイルスにとって、国境は何の意味も持たない。自国第一主義を掲げていては、世界的なコロナ禍を脱却することはできない。人類は、誕生以来、多種類のウイルスと接してきた。それらが病の原因となることも多々あるが、ヒトのゲノム(全遺伝情報)の約半分はウイルス由来と考えられている。変異株を含むSARS-CoV-2について分かったことを検証し、人智を尽くして対策を立て、全ての人が他者を思いやる冷静な行動をとることで、このパンデミックを乗り超えられるだろう。 

この未曾有のパンデミックと戦争を体験している人類には、遺伝情報と環境要因を包括した生命観に基づく新しい哲学が必要なのではないだろうか。その哲学は、子供から老人まで全ての世代の人たち、また、全ての国の人たちが容易に理解できる普遍的なものでなくてはならない。私は、北里大学の教員の時期(1964年〜2007年)に、新入生に対する一般化学の講義の中で、科学全般の入門的な話をしてきた。それは、その後、「宇宙生命哲学」という新しい哲学の提唱へと発展した。 

宇宙生命哲学は、地球上に現存する生物の一員である人類の一人一人が、宇宙における立ち位置と役割を踏まえ、尊厳を持って生きるための哲学である。今回は、この哲学を紹介しながら、これからのポストコロナの時代を生き抜く人類のあり方について私見を述べたい。 

 

文明の起源は記録を残すこと 

人類(ホモ・サピエンス)は、生活を豊かにするために、様々な情報交換の方法を編み出して来たが、およそ1万年ほど前に、考えたことや体験などの情報文字という記録手段で後世に残す方法開発した一旦、それらの情報が記録に残ると、その後に生まれた人類は、蓄積された情報を踏み台にしてその先を考えることができる。

情報の蓄積増幅、人類共有の巨大な知的財産となり、社会で広く利用されるようになった。地球上には多くの民族や国家が誕生し、それぞれが情報を交換しながら独自の文明や文化を創出してきた。

文明相互の交流により知識の裾野は広がり、その上にそびえる科学的知識は進化を重ね、人類は、アッという間に月を往復できるまでの科学的知識を獲得したのである。38億年という生命の歴史の中で、情報を共有する形で記録に残したのは、人類だけである。人類の文明の起源は、情報記録するという行為であると断言しても良いと思う蓄積した科学的知識は、人類共有の財産と考えるべきである 

 

循環している地球上の生命地球環境のパラサイトである 

地球上の生命現象を俯瞰的に眺めてみよう。宇宙から地球を観れば、地球が、水の惑星、生命の惑星であることが容易に理解される。現在の科学的知識に基づくと、地球上のほとんどの生物は、植物や藻類などの光合成で作られた糖類などの栄養素を利用して生きている。光合成とは、植物などが光によって水を分解し、酸素を発生させ、二酸化炭素を糖などの有機物に変換するシステムである。 

動物は、植物と違い、光合成能力を持っていないので、無機化合物(水や二酸化炭素)から、糖などの有機化合物を作ることはできない。動物は、植物などが作った栄養素を利用して生育し、動物どうしの食物連鎖により栄養素の移動が行われる。 

人間は、これらの食物連鎖の頂点に立って、地球上の広範囲の生物を食料源にして生活している。一方、地球上のすべての生物は、死ぬと様々な化学反応によって、単純な化学物質(二酸化炭素、水、ミネラルなど)に変換され、環境に還ってゆく。発生した二酸化炭素は大気の中に無限に拡散してゆく。ミネラルも水に溶けて、大地と海洋を循環する。つまり、人類を含む全ての生物は地球環境から生まれて来て、死ぬと地球環境に還って行き、地球環境のパラサイトとして循環しているといえよう(図1)。 

 

1 :地球上の生命の循環

 

地球は時空を超えた高次元巨大環境生命体である

地球上の生命現象とは、太陽エネルギーを基盤にして、水と二酸化炭素とミネラル群が織りなす壮大な物質循環の世界と捉えることができる。生命現象は、原子論的には、化学反応として表現できる。化学反応とは、複数の原子の電子雲の間で起こる電子のエネルギー準位の変化として説明できる。

電子雲の体積は、原子核に比べて1兆〜千兆倍も大きいが、その領域でめまぐるしく動いている電子の大きさと数を考えると、この電子雲は、大きな空間とみなされる。その存在が、多種多様な化学反応を引き起こす所以である。

この電子雲の中の電子の挙動は、およそ100年前に発見された量子力学という新しい学問で解明されつつあり、電子雲の中には、生命科学を始めとする科学技術の限りない可能性が隠されている。換言すれば、将来の人類社会には、大いなるフロンティア(開拓の可能性)が約束されているといえよう。

「我々は何処から来たのか、我々は何者か、我々はどこへゆくのか?」の問いに対しては、「我々は環境から生まれ、環境に戻る。我々は、時空を超えて、地球上の全ての生物の中を循環している。」と答えることができる(図2)。生物の死とは、絶望的な奈落の淵に落ちて行くことではなく、この地球上で、常に新しく環境の一部として生まれ変わることである。これは、紛れもない科学的な事実である。

 

図2:「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」(ポール・ゴーギャン/1897年)

 

このことを宇宙的視野でまとめると、地球上の生命世界は、人類をはじめとする全ての動物、植物、微生物、さらには大気、大地、大洋の環境を含めて、時空を超えた高次元巨大環境生命体(宇宙船地球号)と考えることができる。

46億年前に太陽系が誕生してから、地球上では8億年の化学進化の時代があり、その間に、生命の基になるアミノ酸・糖・脂質・塩基といった化学物質が作られ、38億年前に、地球上に奇跡の生命が誕生した。その生命の誕生の謎は、まだ科学的に解明されていない。この課題は、人類が科学的に解明しなければならない最大の謎の一つである。

生命が誕生したこと自体、奇跡のように重大な出来事であったが、それに勝るとも劣らない出来事は、地球環境が、生命を育み継続して子孫を増やせる豊穣な環境になったことである。地球環境は、長い産みの苦しみの後、新しい生命を誕生させ、様々な環境変化に耐え、豊かな生命世界を構築して、現在の生物多様性に彩られた巨大環境生命体となった。巨大環境生命体の誕生を、地球環境に生命が芽生えた時とするならば、その年齢は、38億歳ということになる。

巨大環境生命体は、38億年という長い年月を生き抜いて、今、宇宙空間に青い惑星となって浮かんでいる(図3)。

 

図3:生命の惑星, アポロから見た地球の出(“Earthrise” by Bill Anders from the Apollo spacecraft, Dec. 24, 1968)

 

巨大環境生命体の頭脳としての人類の文明と学問の階層性

この巨大環境生命体の頭脳はどのようなものだろうか。人類は、およそ1万年前に文字を発明し、文明を誕生させて、膨大な量の科学的知識を獲得した。この科学的知識は、物理学、化学、生物学、心理学という基幹学問の相互関係を整理することにより、図4に示す学問の階層性という概念で表現することができる1)

図4 学問の階層性

 

これを要約すると、心理学は生物学によって支えられ、生物学は化学によって支えられ、化学は物理学によって支えられている。これは、近年、著しく細分化し、また先鋭化ている学問領域を、俯瞰的に、また系統的に理解するための方策の一つである。この概念の中で、最も重要な考え方は、形而上学に代表される精神活動も含めて全ての生命現象は、最終的に物理法則で説明されるということである。

人の精神が関与する領域、例えば文学・数学・芸術・宗教・信仰・喜怒哀楽なども、最終的には化学反応として説明される筈である。現在、多くの生命現象が化学反応として説明できていないのは、科学が未成熟のためである。逆に言えば、人類の未来には多くの可能性が残されていると言って良い。

巨大環境生命体の頭脳は、この学問の階層性として纏めた情報ネットワークと考えて良いだろう。このネットワークは、過去のすべての人類の努力の賜物であり、現在も凄まじい勢いで成長しつつある。図の中で宇宙生命哲学を心理学の上に位置付たのは、この哲学が、物理学、化学、生物学、心理学という基幹学問の中心軸として、文明社会に対する指針の役割を担っていると考えたからである。ピラミッドの先端に位置するX文明は、まさにこれからのポストコロナの世の中で人類が目指すべき文明である。全ての人類は、宇宙生命哲学の理念に則り、新しい文明世界を切り開いて行く絶好の機会に遭遇していると考えたい。

全ての生物の頂点に立っている人類は、生物の代表者として、この宇宙船の羅針盤の役割を担っている。特に、科学、教育、政治、経済、宗教に関わる人たちは、この学問の階層性について、深く理解して欲しい。

 

素敵な地球人になる終わりのない練習

このような立場にある人類は、どのように人生を送ったら良いのだろうか。人間の一生は、素敵な地球人になる終わりのない練習を続けていると考えよう。素敵な地球人の定義は、人それぞれで違っていて良いと思う。人生は、それぞれの人が、自分の目指す素敵な地球人像を、生涯かけて探し続けることではないか。急がず、休まず、ゆっくりと、着実に、一歩、一歩、自分のペースで人生を刻んでゆく。その過程で、人と交流し、学び、互いに助け合いながら、自分の人生を思う存分に楽しむことができるだろう。練習だから失敗も許される。失敗しても、失敗しても、再挑戦が許される。この哲学の、最大の特徴の1つである。

 

さて、素敵な地球人になるための心得を列記してみよう。

 常に、宇宙から地球を観る感覚で思索する。物事を、科学的に考える。原子論に基づいて考える。生命にとって最も大切なものは地球環境であると考える。地球が自分の家だと思って思索し、行動する。現在の生活基盤は、過去の人類の努力の賜物であると考える。世界の人たちと連帯することを考える。苦労することを厭わない。利他の精神を大切にする。欲張らない。そこそこの生活に幸せを見つける習慣をつける。仕事で得られた富は、地球人のために使うようにする。日常生活の中で、仕事、家庭、趣味、社会奉仕活動を大切にする。

現時点で、私は、次のような人を「素敵な地球人」だと考えている。

素敵な地球人は、国家・人種・民族・宗教・性別・貧富の差・文化・文明の壁を越えて仲良くし、あらゆる人権を尊重し、民族の多様性、生物の多様性を尊重し、あらゆる生物を大切にする。戦争をしない、むやみに水や空気や土壌を汚さない、生活を楽しむ、そして、自分の心の宇宙を、広く、深く、豊かなものにする努力を死ぬまで続ける人である。

この度のコロナ禍で、またウクライナで、多くの素敵な地球人が、志半ばでこの世を去った。過酷な医療現場で病魔に襲われ、壮絶な人生を全された医療従事者も数知れない。残されたご遺族や友人の心の中に、その神々しい姿が末長く生き続けて、残りの人生を生き抜くための限りない力となることを願っている。そして、我々は、地球環境の中で循環していることを、身を持って感じ取ることができる。

世界が注目した東京五輪2020と北京冬季五輪2022の開会式で、ヨーコとジョンの「イマジン」が世界を一つに結んだ。資本主義社会と社会主義社会が目指しているところが、奇しくも同じであることが証明された出来事であった。「宇宙生命哲学」の精神にも繋がっている。

想像してごらん / 天国も地獄もない / 国も宗教もない / 飢えや争いごともなく / みんな一つの世界で / 一緒に生きている / 夢じゃないよ / みんながその気になれば / すぐ実現する

 

私も、本当に、そう思っている。今、地球上で戦争に突き進んでいる指導者たちに、心からこのメッセージを届けたい。

  • Itoh,T., Arch. Environ. Sci. & Environ. Toxicol., 4; 132
  • 本稿は、2022年「中央線」(および、タウン誌「Life Crossing」68号、69号)より転載したものであり、相模経済新聞に掲載のコラム(2017410日号〜2018310日号:地球環境核戦争が始まった、2018年4月10日号〜2022910日号:宇宙生命哲学ことはじめ)の内容を元に執筆した。